核なき世界を求めて―私の履歴書

本書は、日本経済新聞において2010年12月に連載された、コラム「私の履歴書」を再編集したものである。自身の過去の業績を記すこの手のレポートは、往々にして武勇伝になるものだが、少しも嫌味がないのは彼の柔和な顔付きのせいかもしれない。数学の才能を買われて次々とオファーが来るので、転職と起業ののち、カーター大統領のとき国防次官として政権入りしている。戦略ミサイルの黎明期に、データ傍受システムの設計、分析・解析やシミュレーション、情報を扱う専門職だった著者は、「軍産複合体」の体現者として米国の安全保障・軍事の最先端を担う役回りになったのである。その後、国防長官時代には主に（極東アジアに関して言えば）普天間返還交渉を行い、台湾海峡危機などを収めた業績を持つ。しかし何を口にしても「キッシンジャー氏より影響力が全然ない人」の印象は拭えない。彼が核廃絶を説いてきたことはつとに有名であるが、自身の反核思想について、この形成から現在に至る認識・心模様の詳しい記述はない。原爆記念館での悲痛な思いを綴る一方で、歴史認識批判を述べているくだりは、一般的日本人の平和感覚とは少々異なる。「その悲惨さを訴えかける文言や写真が数多かった半面、なぜ、そのような悲惨なことが起こったのかについての記述が一切なかったことに正直、違和感を覚えた」(p.178)。唯一、目にした「原爆投下までの歴史」という文書においてさえ、「第二次世界大戦があたかも自然現象のように突然、発生したように描かれていた」(p.179) からである。彼は歴史に学ぼうとしない人々を批判しているのであり、そのことを、日本の人々にも考えてほしいそうである(p.179)。訳者はペリー氏に対し、核廃絶の夢を共有しているという同胞意識が強い。プラハ演説の礎となった四賢人の精神を紹介する使命感がひしひしと伝わってくる。さて、その４名とは、「核廃絶という途方もないテーマに現実的な立場から論評を加える」ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、「人類共通の夢として、核廃絶に向けたビジョン作成に固執する」ジョージ・シュルツ元国務長官とサム・ナン元上院議員(p.217)、そして、バランサーのように機能し、調整役に欠かせないと評されるペリー氏である。この構成についてはわかりやすく示されたものの、彼らの論文・提言・活動、そこから世界は何を学んだか、今どうあるのか、詳細にはほとんど触れられなかった。お決まりの箇条書きだけで済ませている。星の評価は、やはり四賢人としての核廃絶思想や、これまでの展開に関する業績の記載が抽象論ばかりだったこと、特に最近における彼の心情や、世界や日本への問いかけるものを扱ってほしかった点をマイナス評価とし、「４」を付けた。ただし、先述のように老人の手柄話にしては淡白で、全体の構成や政治色の除かれた無難さには好感を持てる。別段目新しさもない回想録だが、大統領と共に世界秩序を手にしていた米国防長官が、今も変わらぬ発言力をもって核廃絶の先鋒にあることは頼もしい。その慧眼の主が半世紀を語ってくれる30編とインタビューは、わたし達が将来世代と共に反核思想を育むことへの期待感ときっかけを与えてくれる。